『マ・メゾン光星』の思い出

今年三月に退職し、五十二年に及ぶ知的障がい者との仕事に従事できたことは、ひとえに慈生会のシスター、利用者と保護者、職員の皆さんのおかげだと感謝を申し上げます。

昭和四十九年三月、黒磯駅からバスに乗り夕狩で下車し、山道をトボトボ歩き迷いながら『松風莊』に入職しました。

初めて、精神薄弱者といわれている人達と関わりを持ち始めましたが驚きの連続でした。

先輩の指示は通るのに、新人の私の指示は全く通らない時もありましたが、いろいろな作業を通して仕事を覚え、利用者と一緒に活動をすることでラポートがつくようになりました。

その頃は、まだ研修することや専門書が少なかったので、どう支援したら良いのかと悩むことも多々ありました。

それでも年間を通して行事が多く、家庭的な雰囲気の中で利用者も職員も一緒になって規律ある生活をして育っていきました。このことが私の原点になっています。

昭和五十一年に、成人施設『光星学園』になりました。児童施設の定員が減り続けたからです。若い利用者が増え作業規模も大きくなり、収益を目指す授産施設ぽくなりました。

同時に、宮内庁からいただいた土地を管理しようという意識が生まれた気がします。
が今では敷地全体を知らない職員が多くなってきました。個人的には大きな自然の中で関心を持ち環境を生かした活動をやって欲しいと思います。

時代と共に法律も変わっていき、施設も変わっていきます。今度は『マ・メゾン光星』の名称になり、高齢化、重度化の問題と親の亡きあとのテーマが出てきました。そして今や現実になっています。

職員は「夢の途中」と言わず創立者の夢を忘れず利用者と共に生きる姿勢を貫き通して欲しいと願っています。

私は「クマ」と呼ばれましたが、利用者と一緒に生活することができ、仲間の一人になってきたことに感謝します。利用者のおかげで人間的に成長出来ました。実感です。

長い間一緒にやってきた利用者との別れは少し辛かったが、楽しかった五十年でした。

最後に、いろいろな法律や形態は、これから変容していくと思いますが、人との関わりは不変です。

職員の皆さんが、いつもポジティブに考え明るく元気であるようお祈り申し上げます。

本当に五十年間お世話になりありがとうございました。

元職員 平橋誠次


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